Medical Question Box(医療質問箱)
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おしごと1月ですね 投稿者:kuu 投稿日:2012/01/23(Mon) 06:35 No.4868  
mouse.gif薬指は魔法の指

内側から数えて4番目の指、薬指。よく考えると不思議な命名です。親指、小指は見た目そのものですし、人差し指は機能からの命名でしょう。中指に至っては場所がそのまま名前です。ではどうして薬指?

古来この第4指は魔術的な力があると言われていました。このため西洋では魔力の品である指輪をつける指、ring fingerと呼ばれます。またラテン語では「医師の指」と呼ばれていました。古来医術は魔術と通じていましたから、やはり魔力を持つ指という意味でしょう。医師の指と薬の指。洋の東西を越え、同じ意味合いをもつことに驚きです。

ではなぜ、第4指だけが魔力を持つというポジションを得たのでしょうか。まったくの私見ですが、薬指自体を自由に動かせなかったからではないでしょうか。たとえば、ピアノを弾くように指先を全部机につけた状態で各指を1本だけ持ち上げていくと、薬指だけは弱々しくしか動きません。これは第4指を伸ばす筋の神経支配が小指と重なっているからで、小指を立てると薬指が追従するのはこのためです。これを見た古来人が、これは魔力に支配されている!と信じるのも無理からぬところです。

余談ですが、薬指が人差し指より長いと肉食系である、という俗説があるそうですね。なんでも薬指は胎児期に男性ホルモンの影響を受けやすいので、薬指が長いとより攻撃的、積極的なんだとか。実際に中指側の指の付け根から指の長さを測ってみると、自分の場合、人差し指より薬指の方が数ミリ長かったです。肉食系なのでしょうか。肉は好きですけど(笑)。

さて、薬指には紅差し指という美しい呼び名もあるそうです。使うことがないため清潔だったから口紅を差すのに使われていたとのこと。また、薬指は力を入れにくいため、余計な力がかからずにうまく紅を差すことができるからとも言われています。なんとなく後者の方が、美に対する強い思い入れが感じられてしっくりきます。

ちなみに。人々を病から救う仏、薬師如来の像は薬指を少し前に倒しています。その指で薬をやさしく塗るためだそうです。
 


78歳男性、朝は平熱だが... 投稿者:岩田 勉 投稿日:2012/01/10(Tue) 10:48 No.4856  
bear.gif78歳男性です。12月8日に熱と咳が出始め、当初は37度台だったが、12月15日に38度台も出始め、初めて掛かりつけ医に受診しました。その時の受診結果は、CT・レントゲン・血液検査をするも異常は見つからず、横隔膜の炎症ではないか?との事。年明けには治っているであろうとの見込みでした。でもその後20日頃からは咳は止まったが、歩くと息づかいも荒くなってきており、その状態が現在まで持続しています。年末までに39度台は3度。年明けからも1回39度台が出ており、最近では食欲が低下しています。
もしこれらの症状から特定の病名の疑いを感じられましたらお教えいただきたく思います。どうか宜しくお願いします


Re: 78歳男性、朝は平熱... kuu - 2012/01/12(Thu) 04:22 No.4858  

mouse.gif岩田 勉さんこんにちは。
感染症はほぼ間違いないと推察します。通常の外来診察では原因を特定できない病態は一般に不明熱とよばれますが、それに該当するものと思います。経験的に、
(1)感染性心内膜炎(心エコーが必須です)
(2)結核菌の影響(消化管結核は診断が厄介です)
(3)リンパ腫(PETが有用です)
これらが浮かびます。最近では百日咳あるいはマイコプラズマ気管支炎による長期にわたる発熱を経験しましたが、それも確定したわけではありません。

不明熱の診断と治療についてはガイドラインがでており、それに沿って判断することとなりますが、それでも30%は原因不明となると言われています(ただし出典は古いです)。現在呼吸器症状が主のようですので、呼吸器内科を受診されるのがよいかと思います。


おしごと12月 投稿者:kuu 投稿日:2011/12/14(Wed) 02:49 No.4830  
mouse.gif「走馬灯とグラウンド・ゼロ」

早いですね。新しい年が終わり、始まる。年々早くなるように感じるのは、脳細胞の処理速度が遅くなるためではないかとにらんでいます。やれやれ。

さて、思い出の浮かび上がるさまを「走馬灯のように」と例えることがあります。でも、実際に回り灯籠をみたのはいつだったか。それはずっと幼い頃、テレビの向こうかもしれない。例えられる側の、確かであるはずの存在自体が、あやふやなものになってしまっている。

グラウンド・ゼロってご存知ですか?数年前からメディアでは米国の多発テロによる世界貿易センター跡地をこう呼んでいます。語感から、まっさらな場所、そこからはじめる第一歩の場所、そんな風に思っていたのですけど、違うんですね。

グラウンド・ゼロ。爆心地のことです。本来は強大な爆弾、特に核兵器である原子爆弾や水素爆弾の爆心地を指します。米メディアが、更地になった跡地を爆心地のようだと呼び始め、定着したとのこと。まったくの不勉強だったのですが、広島市の観光マップにも、爆心地/Ground Zeroと記載されています。場所は原爆ドームの少し東、大手町中央駐車場の隣に、説明板が、ぽつんと建っています。それだけ。

おそらく。歴史は少し塗り替えられて、グラウンド・ゼロは米国のものとなり、原爆ドーム近くの説明板は忘れられていくかもしれない。そこにあるのに薄らいでいく、言葉のこわさ、あやうさ。走馬灯がそうであるように、イメージだけが、淡く残る。

災害も、経済も、大きな波に翻弄されてしまった一年。いろいろなものが、危ういバランスの上に成り立っている、そんなことを痛感させられる日々。

そんな中で、正しいことを、間違えないように。

正確にいえば、正しいと思えることを、共有していけますように。走馬灯の幻想も、確かな光の投影なのですから。


おしごと11月 投稿者:kuu 投稿日:2011/11/21(Mon) 08:10 No.4789  
mouse.gif「ハイブリッドカーから学ぶこと」

昨今のエコブームのおかげで、ハイブリッドカーが急速に普及しているようです。それに負けじとガソリン車も燃費を改善し、30km/Lを越える好燃費を計測していてうらやましい限り。さて、そんなハイブリッドカーのエネルギー節約術と身体の仕組みは、似ているようでちょっと違います。

ハイブリッドカーは、複数の動力源で移動する車両のことを指します。ガソリンにゼンマイをくっつけてもハイブリッドではあるのですが、我が国ではガソリンエンジンと電気モーターを備えたハイブリッド電気自動車を示すのが一般的です。

電気モーターの関わる仕組みは、車種によりちょっと異なります。大きくは、ガソリンエンジンにより自動車内部で発電し、そのエネルギーで走る電気自動車と、ガソリンエンジンで走るけれども、時に走行用にモーターも利用するものに分かれます。電源としてバッテリーが利用されますが、ブレーキ時に発生するエネルギーを使って発電し、必要時に使用するという自己完結タイプや、直接家庭用電源から充電できるプラグインハイブリッドが知られています。

エネルギーを貯蔵し、必要時に使うというアイデアは私たちの身体内部にもあります。ブドウ糖は肝臓によりグリコーゲンという物質に換えられ、必要時のエネルギー源となります。予備中の予備ということでは、脂肪もタンパク質もエネルギー源となり得ます。

ですが、ハイブリッドカーでうらやましいのは、ブレーキ時に発生した余剰エネルギーを電気エネルギーとして蓄えることができる点です。人間なら、さしずめ興奮したときに発生するエネルギーをまたグリコーゲンに戻すようなイメージ。これができれば人類もずいぶんとエコロジーに貢献できそうです。

私たちは食物を消費し、エネルギーを得て活動しています。しかし、ハイブリッドカーのように、いったん発生した運動エネルギーや熱エネルギーを回収して蓄積することはできません。せめてエネルギーを有意義に使わなくてはと、自戒を激しく込めながら思ったりします。


おしごと10月号 投稿者:kuu 投稿日:2011/10/18(Tue) 10:49 No.4768   HomePage
mouse.gif巨大フェリーが北へ行く

こんにちは。今回は所用で北海道に行った話です。それもフェリーで。

札幌まで自動車を届けて欲しいという難題が舞い込みました。調べてみると、舞鶴港から小樽に向けて1日1便フェリーが出ているらしい。午前0時30分発。それに乗ればなんとかなる、ということで、金曜の夜、400kmの陸路を無理矢理の出発です。正確には奥さんが金曜午後に出発し、自分が新幹線で追いかけるという破天荒なアイデア。19時過ぎに姫路駅に集合し、ドライバーを交代してなんとか舞鶴港にたどり着きました。

さて、新日本海フェリーといういかにもひなびたネーミングの港に待っていたのはしかし、それはそれは巨大なフェリー客船でした。タイタニック号もかくやと思わせるような立派な風格で、宮島フェリーとは全然違います。次々と乗船する大型トレーラーもまるでミニチュアカーのよう。黙々と乗り込むトレーラーの礼儀正しさは、この国の物流の確かさを垣間見たようで、ちょっと感動です。0時過ぎに乗船完了し、そこからは約20時間の航海の始まりです。

客室は個室と大部屋がありますが、迷わず個室を希望。季節はずれの乗船客はシニアな団体様とトレーラー運転手、と言ったところでしょうか。食事や入浴時間がかなり厳しく区切られていて、まるで修学旅行を思わせます。揺れはほとんどありませんでしたが、常にエンジンの細かい振動を受けています。奥さんはこの低振動にやられ8割方が臥床生活でした。海育ちのくせに、と悪態をつきそうでしたが自分も山育ちなのに高山病にやられたことがあるのでぐっと我慢です。船内では映画上映や無料のコンサートなどもあるようですが、まあそこまで退屈というわけでもありません。

当たり前かもしれませんが、携帯電話は使えません。沿岸から100km以上離れているためで、24時間オンコール状態の自分の生活からすれば稀有なことです。聞くと、15時間後に30分ほどつながるそうです。奥尻島の近くを通過するので、とのこと。これはもう仕方ない。西に向かってごめんなさいの念を送っておきました。

よく新聞広告で世界一周クルーズなどが載っていますが、意外と面白いのではないかという気がしてきました。今後携帯の電波が届かなかったら、洋上生活に突入したか!と思っていただければ幸いです。ではまた。

 


おしごと〜〜 投稿者:kuu 投稿日:2011/09/20(Tue) 00:02 No.4755   HomePage
mouse.gif「午前1時にみる平和」

夜間呼び出しで病院へ直行、帰り道はすでに深夜を回り、というのもよくあるできごと。先日も急変対応で呼び出され、帰りにあまりに空腹なのでコンビニストアに立ち寄りました。午前1時くらいでしょうか。

すると、店の前で自転車に乗った女の子(10代?20代くらい?)が二人で楽しそうにおしゃべりしているわけですね。それは、ある意味すごいことではないか、と。

2年間、米国で研究生活をおくっていました。大学周辺はそこまで治安は悪くなかったですが、それでも暗くなったら通ってはいけない通りとかがありましたし、20時過ぎて駐車場に行くときには必ず10ドル紙幣を握っていけという教えもありました。これは、もしも物取りに会ったら手渡すため。日本円で1000円程度。少ないと撃たれるし、多すぎてもまた撃たれるから10ドル紙幣がいいんだよ、とは先輩のありがたいアドバイス。

一度ヒューストン国際空港近くのホテルを車で探して道に迷ってしまい、ひどく困ったこともありました。だいたい知っている場所だったので地図を持たずにきたのが大きな間違い。夜中の1時に開いている店なんてありません。ようやくガソリンスタンドを見つけ、聞こうとしたら店の人に逃げられる始末。それもそのはず、真夜中に声をかけるのはだいたいギャングか物取りと相場は決まっています。なんとか宿にたどり着いたのはすでに午前2時。翌朝のチェックインは朝5時だったので、まさにトホホって感じです。

毎日のように銃社会の犠牲者がローカルニュースの片隅を飾る日々。それが学校で、スーパーマーケットで、ごく普通に繰り広げられるのです。何の落ち度がなくても、十二分に注意を払っていても、人違いで撃たれるかもしれない。正義感があだになったり、何かの態度が逆鱗に触れたり。わからない。明日自体が保証されない、自己責任の世界。

真夜中に若い女性が普通に歩けるなんて、おそらく日本くらいではないでしょうか。震災直後、被災者の秩序正しい振る舞いに世界が驚嘆した、そんなニュースがあったと思いますが、正確には違うのです。それは日々の暮らしに、当たり前にそこにある。

私たちの平和と秩序。それはもっともっと胸を張っていいところ。
当たり前が、そんなにすごい。そんな平和を、これからも。
 
 
 



おしごと、、 投稿者:kuu 投稿日:2011/08/18(Thu) 08:03 No.4748   HomePage
mouse.gif「瑞穂の国と医療のかたち」

所用で、茨城県をレンタカーで移動していました。関東地方の内陸側はなにげにだだっ広く、そこかしこに水田が広がります。それは、山あいをなぞるように進む中国山地とはかなり違ったおもむきです。青々と広がる稲穂たちは、変わらぬ暑さと涼しさを伝え、まさにみずみずしい稲穂の実る国、「瑞穂の国」なのだなあと実感しました。

さて、その名の通りの瑞穂町(現在の邑南町)が自分の生まれ故郷です。今思えば、子供の頃の生活リズムはすべて稲穂たちが決めていました。まだ寒い時期に苗代を育て、赤い田植機が新調されました。梅雨の時期は増水が気になり、好天が続けば干ばつが気になる。風が吹けば稲穂はしのぎ、刈り取れば葉先が腕を刺します。稲はでと呼ばれる木組みのやぐらに稲穂が干され、何段ものやぐらの上へ上へと登るのが、子供たちの習わしでした。

機械化が進み、作業自体は次第にシンプルになっていったと記憶しています。ですが、基本はお天道様と植物が決めること。豪雨や台風がくると、じっと祈るしか手はありませんでした。

さて、時々思うのですが。自分たちの行っている医療というのは農業と相通ずるものがあるのではないかな、と。どんなに医学が進み、画期的な治療法が開発されたとしても、結局は「やまい」という天災と、人体とのせめぎ合い。カテーテル治療を行い、あるいは気管内挿管で人工呼吸器が装着され、必要な処置と注射指示をせわしく行った後、ぽっかりと空白が訪れます。それは、ちょうど幼少の頃、激しい雨風に翻弄される稲穂たちをガラス越しに眺めていた、その感覚に似ている気がします。

やまいは手強く、次々に手を替え品を替え、私たちの身体を蝕もうとしています。その予兆をキャッチして迎え撃ち、あるいは今ここにある危機を力技で押しとどめる。でもどこか、稲穂に祈るような、そんな部分がどこかにある。私たちは工業製品ではなく、生きている存在なのですから。

稲穂の国、瑞穂の国。穏やかな気候と、水があふれ。たくさんの実りが、訪れますように。
 
 


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